back 理事長 相沢英之 のメッセージ
       「地声寸言」
  2010.06.02リリース

第六十八回 <「5月11日の出来事」>
 社会思想社の「365日事典」を又開けてみる。出来事の項目はこれを参考にしているが、いろいろ私がつけ加えている。
 「大津事件」明治24年(1891)5月シベリア鉄道起工式出席の途中日本を訪問したロシア皇太子ニコライはこの日滋賀県大津市に遊んだ。ところが、その訪日を日本侵略の下調べと誤信した巡査津田三蔵が皇太子にサーベルで切りつけた。犯人は直ちに取り押さえられたが、この事件が当時微妙な日露関係に重大な危機を晒すことを怖れた明治天皇は親しく皇太子を見舞われた。一方、政府はロシア政府への思んばかりから津田を死刑に処してその歓心を買わんと、大審院に圧力を加えたが、院長児島惟謙はこの干渉を排し、刑法上の皇族とは日本の皇族を指すもので、ニコライはこれに該当せずとして通常の殺人未遂罪を適用し、無期懲役の判決を下した。これは司法権の独立を守ったものとして後に到るまで高く評価された。ただし、この事件により外相青木周蔵は辞職をし、まとまりかけていた日英条約改正交渉もここに一頓挫を来たしたという。
 この事件が世に言う大津事件である。
 このニコライ皇太子が後に皇帝ニコライ二世となり、日露戦争の時のロシア皇帝であった。シベリア鉄道は日露戦争において兵力等の輸送で大きな役割を果したが、単線のため貨車の折返し輸送が利かず、ウラジオストックにおいて片端から焼き捨てたという。
 戦後、不法に抑留された私達関東軍の将兵はこのシベリア鉄道を西へ西へ23日間も貨車で運ばれ、ボルガの支流カマ河の畔のエラブカなる小都市のラーゲルに2年余収容されることになったが、1日走っても外界の景色の変わらぬステップ地帯の広さとその広野の果に真赤に燃えながら沈んで行く太陽の姿は忘れることができない。
 日露戦争におけるロシアの敗戦も1つの引金となり、ボルシェヴィキ革命がなり、ソビエト政権が誕生したが、ロマノフ王朝はニコライ二世をもつて幕を閉ぢ、皇帝一家は皆殺しとなった。後に墓地が見出され、果して皇帝ニコライ二世一家か否か問題となった時、DNA鑑定で大津事件の際に遺されたニコライ皇太子の血染めのハンカチの血が極め手となって真実なることが判明したという記事を新聞で読んだことを思い出している。世の中のめぐり合わせの奇を思った。
 「ノモンハン事件」
 それまで日ソ間には張鼓峰事件など両軍の紛争が勃発していたが、昭和14年(1939)5月11日のノモンハン付近での満州国軍とモンゴル軍との衝突から、紛争はにわかに大規模なものとなった。
 関東軍の後方基地爆撃に対し、ソ連軍、モンゴル軍は機械化部隊による猛反撃を開始し、近代的装備に劣った関東軍は惨たんたる敗北を喫した。第一線の部隊長の多くは戦死し、一個師団絶滅という空前の敗北さえ招いた。不敗の関東軍もなすところなく、敗戦に驚いた参謀本部によって、9月16日停戦協定が成立した。
 この事件の真相を軍部は極力外部に秘するようにしていたが、私は、その後、大学へ講演に来た参謀部将校の話などから敗戦についてかなりの情報を得ていた。こういうことは隠すより現れる、といったところがある。
 陸軍は昭和16年関東軍特別大演習、略して関東演という名目で関東軍の一大増強を図ったが、部隊機械化など軍の装備の近代化に果してノモンハン事件における反省を籠めて充分に対処したかは甚だ疑問であるし、六十万関東軍と誇称しても、日ソ不可侵条約を信じて、主力部隊を南方その他に転進させた後は、現地召集の後備兵なども多く、昭和20年8月、不可侵条約を一方的に破棄して進入して来たソ連軍の機械化部隊に対しては、為す術もなく敗退したという甚だ不名誉な歴史へと繋がって行くのである。
 
 この日は又、木曽義仲が平家の大軍を倶利伽羅峠で破った日である(1183年)。
 紫雲丸と第三宇高丸が衝突・沈没し、168人の死者を出した日でもある(1955年)。紫雲丸は死運丸にも通ずる、そもそも名前が悪かったなど新聞にも書かれていた。
 年中行事として長良川の鵜飼い開きの日である。私も昭和30年代一夜観に行ったが、腰蓑をつけた鵜庄が、夜たいまつの火で鮎をおびき寄せ、飼いならした海鵜を使って鮎を採らせる古風な漁法で全国に知られている。鵜庄は冠をかぶっているが、宮内府の職名を頂戴しているということであった。然し、折角鵜が飲んだ鮎を喉元に締めた綱によって飲み込ませぬようにし、吐き出させて、人間様が頂くのは、一寸可哀相な気もした。
 この日は又、ダリ(画家)の生れた(1904年)であるという。奇抜な画を描くダリのリトを何枚かマドリッドのダリの専門店で買った。日本で買うより大分安いように思った。
 以上が5月11日の出来事である。読者諸賢如何に思われるか。
 
 


戻る