back 代表理事 相澤英之 のメッセージ
       「地声寸言」
  2013.06.28リリース

第百四十五回 <三島返還論の愚>
 先般、ロシアに森特使が派遣された。十五へんも会って親しくしているというプーチン大統領と懇談したというが、一体どういうことになったのか、話合いの実体がとんと見えて来ない。
 もともと、私は、森特使に大きな期待をかけるのはムリだと思っていた。
 しかし、今年の一月二十三日付の産経新聞の「正論欄」に木村北海道大学名誉教授の木村汎氏が書いているように「プーチン外交に、日本人政治家とのケミストリー(相性)がある程度の影響を及ぼすかもしれない。しかし、だからといって、そんな要因に過大の期待をかけることは禁物だ、ロシアの国益を最優先する立場を貫かなければ、プーチンとても己の国内的地位の確保すらままならないからである」。そのとおりだと思う。
 森氏は、かつて首相時代の二〇〇一年三月、イルクーツでの非公式会談で、プーチン大統領に対して、歯舞・色丹と国後・択捉を分離して協議する提案を打診した。
 この並行協議案は、並行協議が事実上「二島返還」に終わりかねない危険性を秘めていることは言うまでもなかった。
 その後この並行協議の考え方は同年小泉政権の誕生によって葬り去られたのである。少なくともロシア側はそう受けとっていた。
 とこらが、である。今回、森氏は、特使としてモスクワへ派遣されるに当って、何と「三島返還論」を唱えたのである。
 木村氏は言う。「バザール商法」を交渉の常道とみなすロシア人は、日本側の三島提案にはまだ妥協の糊シロ(讓歩をみこんでの駆け引きの余地)が織り込まれていると受け取る。当然のように三島提案そのものを値切りにかかる。結果として日本側は良くて二島半、最悪の場合は二島で合意せざるをえない羽目になるだろう。そこまで考えて森氏は発言しただろうか。」
 私も、全く木村氏の観測に同感である。
 私は、戦後四十年余りソ連抑留者の全国団体の会長としているが、ここ二十年間モスクワへ毎年一回は出張している。ソ連抑留者の名簿の提出、慰霊碑の建立などについて、日ロ間の協定の履行を関係官庁担当者に要請を続けて来ている。なかなか思うように話が進まないのが、実態であるが、話の途中で、四島返還問題に触れることがあった。外務省のアジア局長だった。私がこの問題を持ち出すと、途端に、「もう一島でも譲ったなら、政府は持たない」と言う。私は、そのような受けとめ方が感情としてロシア人にあることを感じざるをえなかった。
 かつてロシアはアラスカを七二〇万ドルでアメリカに売ったではないか。ロシアの土地は広すぎる。石油でもうかっているようだが、この際日本に四島を売ったらいい、と冗談を言ったら、あれは帝政時代のロシアの話で、今はとんでもない、と笑いもしないで言う。
 木村氏の言うように、個人的な親しさなどが假にあっても、国として問題処理に影響を及ぼすようなやわな相手ではないことを充分認識をすべきで、下手な妥協案をちらつかせるような愚は止めた方がよいと思うが如何。
 
 


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